今年(2019年)八清親和会は創立70周年を迎えます。

「八清親和会」自治会ができた由来は、昭和13(1938)年に作られた軍需工場(名古屋造兵廠立川製作所)[現在の立川・昭島市にまたがる昭和記念公園]の拡張により、翌14年には従業員二万余を数える大軍需工場へと急成長し、早急な従業員住宅建設の必要に迫られました。当時一面の桑畑であった福島827番地附近約三万坪の土地を買収し、その建設に着手しました。昭和十六年十月迄には約五百戸の住宅と集会所、市場、映画館、浴場、保育園、神社、公園などの福利施設が竣工し、ここにロータリーを中心として、放射線状に区画された大規模な住宅街が誕生したのです。今で言うところの「一大ニュータウン」です。「八清」の名称は、工事をした八日市清太郎氏の名に由来するものです。戦後これらの住宅は住民に払い下げられ、市場(マーケット)を中心に商店街として新たな街造りや、警察署、郵便局等ができ、ピーク時には八百四十戸の住宅街となり、現在の「八清」が生まれたのです。このような町の変遷を経る中で、自治会は昭和十六年十月から結成準備され、第一町会から第五町会の組織ができ五町内会としこれを翼町内連合会として統一しました。二十三年秋まで続いたがこれを解散し、翌年の昭和二十四年(1949年)に新しく今日の「八清親和会」が結成誕生し、今日に至っています。そして今年の平成31年(2019年)に創立70周年を迎えます。

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70年の今日に至っても、時代が変わり、住民が変わり、自治会の形態が変わっても「八清親和会」の原点は変わらず脈々と受け継がれ、創っているのは、それは「地域の原風景」です。

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